ルサンチマンとは、行為による反撃が不可能なとき、単に想像上の復讐によってその埋め合わせをしようとする者が心に抱き続ける反復感情のことである。だが、ニーチェのルサンチマン概念の特徴は、それが価値転倒と結びつくところにある。手が届かなかった葡萄を狐が恨んだとしても、それはまだルサンチマンではない。酸っぱい葡萄だったのだ、と自分に言い聞かせたとしても、それはまだルサンチマンとはいえない。しかし、狐がもし、そもそも甘いものは健康によくないという思想を持ったとすれば、あるいは、甘いものを食べない生き方こそが本当の生き方なのだという価値を信じたとすれば、そのとき彼は、紛れもなくルサンチマンにとらわれたのである。
狐は価値を創造することなどできはしなかった。そうしないでは生きていけなくなったがゆえに、普遍的に存在する価値にすがりつき、それを異常に重視したにすぎない。彼が重視した価値は、原理的には誰もが知っている価値だったのだ。そうであればこそ、それは甘い葡萄を食べ続けている者たちに対する現実的に有効な報復たりえたのである。
狐は価値を創造することなどできはしなかった。そうしないでは生きていけなくなったがゆえに、普遍的に存在する価値にすがりつき、それを異常に重視したにすぎない。彼が重視した価値は、原理的には誰もが知っている価値だったのだ。そうであればこそ、それは甘い葡萄を食べ続けている者たちに対する現実的に有効な報復たりえたのである。